ネット証券の口座、スマホの中の写真、SNSアカウント、そして暗号資産(仮想通貨)。 **形のない「デジタル遺品」**は、今や相続の現場で避けて通れないテーマになっています。

通帳のように目に見えないため、ご家族が存在にすら気づかないケースも少なくありません。今回は、一般のご家庭でも押さえておきたいポイントを整理します。

デジタル遺品とは

ざっくり分けると、次の3つになります。

  1. 金銭的価値のあるもの:ネット銀行・ネット証券の口座、暗号資産、電子マネーの残高、ポイント、有料サブスク
  2. データとしての価値:写真・動画、メール、クラウド上のファイル
  3. アカウントそのもの:SNS、メール、各種会員サービス

このうち相続財産として取り扱われるのは、主に1番の金銭的価値のあるものです。

よくあるトラブル

  • そもそも口座の存在に気づかない 紙の通知が来ないため、家族が把握できない
  • ログインできない ID・パスワードがわからず、凍結状態になる
  • 暗号資産の「秘密鍵」がわからない 取引所にあれば解約手続きで対応できるが、自分で管理していた(ハードウォレット等)場合は、事実上取り出せなくなることも
  • サブスクが引き落とされ続ける 気づかないうちに何年も課金が続いてしまう

暗号資産(仮想通貨)の扱い

暗号資産も相続財産として扱われ、相続税の対象にもなります。

  • 国内取引所(ビットフライヤー・コインチェック等)に預けている場合 → 戸籍一式・遺産分割協議書などを提出し、円換算で払い戻しを受けるのが一般的
  • 自分で管理(ハードウォレット・プライベートウォレット)していた場合 → 秘密鍵(またはリカバリーフレーズ)がなければ、相続人でも取り出せない

「存在するのに、誰も触れない資産」になってしまうリスクが、暗号資産では特に高いのです。

元気なうちにできる準備

専門的な対策よりも、まずは家族が困らない「地図」を残すことが何より大切です。

  1. 財産の一覧をメモしておく
    • ネット銀行・証券・暗号資産取引所の名前だけでも
    • 残高まで書かなくてよい(「ここにある」がわかれば十分)
  2. スマホのパスコードを信頼できる家族に伝えておく
    • メモを封筒に入れ、遺言書と一緒に保管するだけでも違います
  3. 有料サブスクのリストを作る
    • 毎月の引き落としを見直すついでに整理
  4. 遺言書にデジタル資産の記載を入れる
    • 「〇〇取引所の暗号資産は長男へ」など
  5. 使っていないアカウントは元気なうちに解約

亡くなった後にできること

ご家族が亡くなった後でも、以下は比較的進めやすい手続きです。

  • スマホ・PCのロック解除(業者依頼、ただし費用高額)
  • ネット銀行・証券の相続手続き(通常の預金と同じ流れ)
  • 国内暗号資産取引所での相続手続き
  • SNSアカウントの追悼化・削除申請

一方、自己管理していた暗号資産の回収は、現状ほぼ不可能です。この点はぜひ「生前準備」の重要性として知っておいてください。

おわりに

デジタル遺品は、普通の相続手続きに「もう一手間」が加わる領域です。

「うちはそんな大したものはない」と思われる方でも、ネット銀行や楽天・PayPay残高、ポイントなど、意外なところに資産が眠っていることがあります。


【さらに深掘り】暗号資産・デジタル資産の相続税評価

ご注意 以下は執筆時点(2026年4月)の税制・国税庁見解に基づく一般的な整理です。暗号資産の税務取扱いは改正・通達追加が頻繁です。実際の申告は、必ず最新の取扱いと個別事情を踏まえて税理士にご確認ください。

1. 暗号資産は「相続税の課税対象」が確定済み

国税庁「暗号資産等に関する税務上の取扱いについて(FAQ)」(令和5年12月改訂版)で、暗号資産が相続税・贈与税の対象財産であることは明確にされています。「形がないから課税されない」は完全な誤解です。

評価方法の基本は次のとおり。

区分 評価方法
活発な市場のある暗号資産(BTC・ETH等) 相続開始日の納税者の選択する取引所の公表価格
活発な市場のない暗号資産(マイナーアルト等) 売買実例価額・精通者意見価格等を勘案した個別評価
ステーキング報酬の未収分 相続開始日時点の未収報酬を雑所得の収入計上+準確定申告

「複数取引所で価格差がある」「相続開始日が休日で価格がない」といった場面では、合理的に説明できる選択であれば納税者が選んだ価格でよいとされています(FAQ問15-2等)。

2. 一番悩ましい論点:「秘密鍵を失った暗号資産」の評価

ご家族が自己管理ウォレットの存在は知っているが秘密鍵が分からない──このケース、「価値があるのに動かせない」状態ですが、税務上の取扱いは次の整理になります。

  • 存在が確認できる以上、原則として相続財産として評価
  • 事実上換価不能」を主張して評価減を求めるには、相当の立証(ウォレットアドレス特定、残高確認、復元不能の経緯記録)が必要
  • 国税不服審判所・裁判例の蓄積はまだ薄く、実務的にはグレーゾーン

ここは税理士に相談しないと危ない領域です。「動かせないから申告しない」は否認リスクが高い一方、「時価そのまま申告」も納税者にとって過酷です。事実関係の記録を生前から残しておくことが最大の防御になります。

3. 被相続人の含み益・含み損──「準確定申告」の落とし穴

亡くなった年の1月1日から死亡日までの暗号資産取引(売買・他コインへの交換・商品購入での使用)は、被相続人の雑所得として**準確定申告(死亡から4ヶ月以内)**が必要です。

  • 取引所からCSV取得し、取得時期と価額の照合が肝
  • 国内取引所は損益計算ツールを提供しているが、海外取引所・DeFi利用がある場合は専門サービス(Cryptactなど)必須
  • 取得費が判明しない場合、収入金額の5%概算取得費は使えず(措置法上の規定なし)、0円取得費扱いで全額所得になる最悪ケースも

「とりあえず取引所からの履歴ダウンロード」をできる限り早く行うのが、相続人側の最優先タスクです。

4. ネット銀行・ネット証券は通常評価

  • ネット銀行残高:相続開始日の残高(通常預金と同じ)
  • ネット証券:上場株式は財産評価基本通達169(相続開始日終値・前後の月平均の最低値)、投資信託は基準価額
  • 信用取引の建玉は債務控除可能

ネット系金融機関は紙の通知が来ないため、「存在を見落として申告漏れ」が一番怖い論点です。全国銀行協会の「相続預金の調査制度」(一括照会)は2026年現在、ネット銀行も対象ですが、暗号資産取引所はこの制度の対象外。コインチェック・ビットフライヤー等への個別照会が必要です。

5. ポイント・マイル・電子マネーの扱い

種類 相続税の取扱い 実務
楽天ポイント・Tポイント等 規約上は失効(相続不可)→ 評価対象外 申告不要
航空マイル 一部承継可(ANA・JAL)→ 評価対象 1マイル1〜2円目安
電子マネー残高(Suica等) 規約により承継可否が異なる 承継可なら残高評価
暗号資産取引所のキャンペーンポイント 暗号資産に交換可能なら実質的な暗号資産 評価対象

「ポイントだから無視」ではなく、規約と承継可否を確認するのが基本です。

6. 生前の節税・整理アクション

  • 暗号資産の含み益が大きい方は、相続時精算課税との組合わせを検討(贈与時の評価額で相続財産に固定できる、ただし値下がりリスク)
  • 使っていない取引所の解約=相続財産の見える化
  • 小額・複数取引所への分散は相続人の負担増。生前に集約推奨
  • 遺言書に「暗号資産は長男へ」と特定しておくと、評価合意の紛糾を防げる

商業登記の領域とは違って、暗号資産は事実認定と評価が9割の世界です。「登記」のように手続的に処理できないところに難しさがあります。下段の民法・判例の整理と、本セクションの税務評価をセットで読んでいただけると、全体像が見えてくると思います。

7. 参考

  • 国税庁「暗号資産等に関する税務上の取扱いについて(FAQ)」
  • 財産評価基本通達169(上場株式)、186-2(暗号資産は個別通達による)
  • 所得税法51条(資産損失)、相続税法22条(評価原則)

【さらに深掘り】デジタル財産の民法上の位置づけと最新判例

ご注意 以下は執筆時点(2026年4月)の法令・判例・実務動向に基づく一般的な解説です。新判例・立法動向で取扱いが変わること、また個別事案では事情により判断が分かれる論点も含みます。実務でそのまま用いる前に必ず最新情報をご確認のうえ、個別事情に応じて専門家にご相談ください。

前段の税務評価とは別に、「そもそもデジタル財産は民法上の財産なのか」「相続できるのか」という根本論点があります。ここは判例・学説ともに発展途上で、ご相談を受ける際の判断材料を整理します。

1. 暗号資産の法的性質──「物」ではない、では何か

リーディングケースは東京地判平成27年8月5日(マウントゴックス民事事件)。ビットコインの所有権確認請求について、裁判所は次のように判示しました。

  • ビットコインは有体物ではないため、民法206条の「所有権」の対象とならない
  • 物権法定主義(民法175条)の観点からも、ビットコインに所有権を観念できない
  • 結論:所有権確認請求は不適法

この判決後、2017年資金決済法改正で「仮想通貨(現・暗号資産)」の法的定義が置かれ(資金決済法2条14項。令和元年改正で「仮想通貨」から「暗号資産」に名称変更)、財産的価値であることは立法的に確認されました。ただし民法上の性質論は未解決のままです。

学説では概ね、

  • 準物権説(事実上の支配を物権類似に保護)
  • 債権説(取引所に対する払戻請求権)
  • 新たな財産権説(既存の枠に当てはめない)

の3説が拮抗。相続に関しては、いずれの立場でも「財産的価値があり、相続の対象となる」点は共通します(民法896条の「財産に属する一切の権利義務」)。

2. 司法書士先生が遺産分割協議書で押さえるべきポイント

実務で問題になるのは、遺産分割協議書への記載方法です。

推奨される記載例

第○条 被相続人が下記取引所に保有する暗号資産は、相続人○○が取得する。
    記
    取引所名:株式会社ビットフライヤー
    口座番号:○○○○○○
    暗号資産の種類及び数量:ビットコイン(BTC)相続開始時残高 全部
                              イーサリアム(ETH)相続開始時残高 全部

避けるべき記載

  • 「被相続人保有の仮想通貨一切」(特定不十分で取引所が応じない)
  • 数量を相続開始時で固定しない記載(相続開始から分割までの値動き・利息相当をどう扱うかで紛議化)

国内主要取引所は遺産分割協議書のひな型を公開しています(コインチェック・ビットフライヤー等)。事前確認が補正回避に有効です。

3. SNSアカウント・メールアカウント──相続性の限界

SNSアカウントについては、利用規約による一身専属化が一般的です。

サービス 死亡時の取扱い
Apple ID Digital Legacy機能(事前指定の故人連絡先がアクセス可、2021年〜)
Google アカウント無効化管理ツール(事前指定で一定期間後に通知・削除)
Meta(Facebook/Instagram) 追悼アカウント化または削除(管理人を生前指定可)
X(旧Twitter) 遺族からの削除申請のみ、ログイン承継不可
LINE 原則削除申請のみ、トーク履歴の承継不可

下級審の傾向としては、規約上の承継禁止条項を尊重する判断が多く、「アカウント自体の相続権」を認めた裁判例は管見の限りありません(コンテンツ=個別データの帰属は別論)。

4. クラウド上のデータ・写真の所有権

故人がGoogle Drive、iCloud、Dropbox等に保存していたデータの帰属については、

  • データ自体は規約上ユーザーに帰属(多くの利用規約)→ 相続性肯定の方向
  • ただしアクセス権はアカウントに紐づくため、ID・パスワードがなければ事実上取り出せない
  • 米国では「Revised Uniform Fiduciary Access to Digital Assets Act(RUFADAA)」で遺族のアクセス権が明文化されているが、日本では立法未対応

実務的には、生前にアクセス情報を遺言書付随文書に残す(遺言本文に書くと公開リスクがあるため、別封の「財産目録」推奨)が最善策です。

5. 法務省・経済産業省の検討動向(2026年4月現在)

  • 法制審議会でデジタル財産の相続に関する明文化検討中(民法改正の中長期論点)
  • 経産省「デジタル遺品ガイドライン」(事業者団体策定)が2025年改訂
  • 日本弁護士連合会が「デジタル遺品取扱マニュアル」公表

立法的解決は当面見込めないため、実務の蓄積で対応するフェーズです。

6. 司法書士業務との接点まとめ

業務場面 デジタル遺品で気をつけること
相続財産調査 通帳がない=財産がないではない、スマホ・PCの通信履歴・アプリ確認
遺産分割協議書作成 暗号資産は取引所単位・コイン種類単位で特定
遺言書作成支援 付言事項でID管理の指示、財産目録は別葉で管理
相続放棄相談 暗号資産の含み益も相続財産、放棄の判断材料に
後見業務 被後見人の暗号資産も家裁への財産目録に計上必要

7. 参考文献・判例

  • 東京地判平成27年8月5日(マウントゴックス事件、判例時報掲載)
  • 資金決済に関する法律2条14項
  • 民法896条(相続の一般的効力)、民法175条(物権法定主義)
  • 経済産業省「デジタル遺品の取扱いに関するガイドライン」(2025年改訂版)
  • 日本弁護士連合会「デジタル遺品取扱マニュアル」